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国循サザン事件―0.1%の真実―

国循官製談合事件の容疑者として起訴された桑田成規さんを支援します

経緯説明⑤~NECの見積金額をダンテックに伝えたことはなかった

前回につづき,「国循サザン事件」の経緯説明です。

前回のブログはこちら↓

経緯説明④~ダンテックとの関係についてやましいところはなかった - 国循サザン事件―0.1%の真実―

 

 NECの見積金額をダンテックに伝えたことはなかった

上述のとおり,私は,2011年9月に国循に着任しました。

私に課せられた使命は,2012年1月に稼動開始予定の病院情報システム(電子カルテ)導入でした。

当時,国循は,電子カルテの導入が思うように進まず,スケジュールどおりの稼動開始が危ぶまれる状況でした。

私は,2008年に鳥取大学医学部附属病院で同じようなプロジェクトを成功に導いた経験を買われ,当時の国循の内藤病院長から招へいを受け,急遽,稼動開始まで4ヶ月間しかない,という超過密なスケジュールを承知のうえで国循に着任したのでした。

一方,この入札は,私が電子カルテ導入のために最も忙しくしている2011年11月ごろから準備が始まったものです。

その時期から入札が実施された2012年3月までの間,私は,2012年1月に控えた電子カルテ稼動の準備と,稼動直後に発生した問題点の対応に追われていました。

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このような状況で,私は,この入札のことを気にかけている余裕はそれほどありませんでした。

ですから,三輪検事から,「NECの見積金額をダンテックに教えたのだろう」と尋ねられたとき,私はその入札に自分がどう関わったのかすらよく思い出せない状況でした。

ましてや,これまでの大学での職業経験から,当然,入札の参加予定業者に見積金額を漏らすことが違反行為であることを承知していた私が,担当でもなく,それほど関心もない情報システムの入札について,わざわざ刑事罰を負うというリスクを冒してまでダンテックに見積金額を教えるとは,当時,どう考えてもありえないと思っていました。もちろん,私がダンテックに見積金額を伝えたという事実はありません。(次回につづく)

 

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