ページTOPへ

国循サザン事件―0.1%の真実―

国循官製談合事件の容疑者として起訴された桑田成規さんを支援します

《ソサイエティサイエンスジャーナル》(インターネットラジオ『レディオ与一』)に出演しました(4:最終回)

 岡山県井原市発のインターネットラジオ局『レディオ与一』の《ソサイエティサイエンスジャーナル第548回》に出演いたしました。番組の許可を得て、番組内容の文字起こしを本ブログに公開いたします。(全4回のうち第4回目)

radio-yoichi.com

 

 

吉岡優一郎(レディオ与一):大阪地検が立件した事件、村木さんの事件以来、どの事件も、今の森友の籠池さんも、あれも大阪地検が立件。こんな長く拘留されて、しかも接見禁止、ありえないと言われていますし。リニアの件も。

大阪地検、ちゃんと使命を果たしているのか、という疑問点も感じたりします。

 

桑田成規(国循官製談合事件被告人):リニアは東京地検ですね。いずれにせよ、特捜部ですよね。

特別捜査部、というところの存在意義が本当にあるのか、問われていると思います。

検察から言うと痛いところです。特捜はいらないと言われるのが、こわいんじゃないでしょうか。

通常の刑事事件は、警察が調査して逮捕する。検察はそれを立件する。

特捜部は、自分たちで捜査ができる。

通常は、警察と言う別組織が捜査したものを、証拠構造や捜査手法を客観的に検察が見る。検察がほんとうに立件するのか考える。

特捜部の事件は、検察みずからが捜査をする。

私の事件も2014年2月に強制捜査があって、逮捕が11月。9カ月もかかっているんですね。半年以上前から内偵していたはずなので一年半くらい同じ事件をやっている。相当立件、難しいと感じたはずなんです。でもやめられない、引き返せない。

特捜部の事件だからだと思うんです。客観的に見る目が失われていると思うんです。

特捜の存在意義は、危ういと思います。

いろんな事件のおかしさが明るみに出るほど、彼らは躍起になって、もっと「いい事件」、「いい事件」というのは、目立つ事件という意味ですが、それをやっていくんじゃないでしょうか。

 

吉岡:そう考えると、どんどん負のスパイラルに入っていくのかな。

 

桑田:検察というのは、まったく外部から批判されることのない組織。

中ではいろいろ言われるでしょうけれど、内部チェックでは、自浄作用はない。

本当の意味で、彼らにとって世間の目って怖くないと思うんです。存在意義が危ういと言いましたが、つぶれることはなくて、安泰なんですよ。

国民の声を聞く必要がない、自分たちが社会正義そのものだと思っていると思いますね。

ひとりひとりは悪くない。組織の中で一生懸命仕事をしているだけですけれど。全体として意味をなしていない。批判する器がないんですね。

司法制度改革でやっていくしかないと思うんですが、まだ道半ばというか、冤罪がこれだけ多い中で、検察だけでなく裁判所も問題があるとみんなが気がつき始めていますね。

裁判所も同じく、批判されることがない組織。検察と、裁判所の、仕事ぶりを評価する組織が、本来は必要なのではないか、と思います。

私はこんな立場ですけど、今後は、ぜひ、そういった形で活動していきたいと思っています。

 

吉岡:むかしの無茶苦茶な捜査で無実の人を有罪にして、ときには死刑にしてしまう、という印象をもっていたんです。免田事件、財田川事件とか。

最近の最新事件なんかみていると、ごくごく最近の話じゃんと思う。

今の時代、オンタイムで、そういう事件が、日々生まれてきているんだ、と思うと、こわいな、と思う。

冤罪事件というのがあるのであれば、すべて無罪の人は無罪に。

何もやっていない人には、無罪判決を出すのは、それこそが正義だと思うんですけどね。

 

桑田:そうなるべきなんですけれど。

ひとつは、自白させられてしまって、ほんとはやってないのに、自白調書が出来てしまった、というケース。これは無くならないと思うんですよね。

対策のひとつが可視化ですけれど、それによって暴力とか、何か圧迫を受けて、などは、なくなってくると思います。

あとは、やっぱり、裁判所の考え方だと思うんですね。

検察が悪い悪いっていうんですが、先ほどの籠池さんを拘留しているのは裁判所なので。
検察は、請求はしましたけれど、裁判所が、それはダメよとなれば、それで済む話で。裁判所がそれをしないっていうのは、裁判所の責任ですね。

TBSで現在、「99.9」ってドラマをやっていて、第二シーズンは、裁判所に光があたっているんですが、そこも深い闇の一つだと思うんです。

裁判所って組織が、いったい、どう変わって行くか、が大きな鍵だと思います。

未決拘留って言いますけど、裁判がはじまるまで、刑が確定するまでの拘留は、かなり減って来ていますね。

私も、最初10日間拘留されて、延長で20日間拘留されていたんですが、一回目の保釈請求ですぐに出て来られたんですね。

非常に珍しいと言われたんですけど、最近はわりとそうみたいです。

昔は考えられなかった。

裁判所のひとつの変化の表れだと思いますね。小さいですが。

その中で、なぜか籠池さんが長期拘留なのはわかりませんけれど。

そういった兆しはあるかなと思いますね。唯一の希望かな。

 

吉岡:無罪を書いたことのない裁判官の数が多い。むしろそういう裁判官が主流。裁判官が中立ではない、ということを物語っている。

何が正義かと判断できる裁判官がどう育ってくるのか。

一部の事件で裁判員裁判殺人罪だなんだ、というのが裁判員裁判は、そのまま高裁に行って、あれはシロウトの判断だ、とかで覆される。

一般市民を入れるのは、ひとつの大きな改革であったかもしれないけれど、たぶんそこじゃないんだろうなと思います。

 

桑田:裁判員裁判は、厳罰化に進んでいるんじゃないでしょうか。市民感情と言うとおかしいですけれど、法に則らない処罰が決められる傾向があるんじゃないか、と危惧します。
殺人事件などで、被害者が、小さい子どもだったりすると、一般人の感覚では、犯人が赦せないということになる。

ですが、被告人が犯人かというと、それは別の話です。本来は。そこがきちんとわけられるか。

職業裁判官の方が、よかったというか、推定無罪の原則がきちんと働いていたかもしれませんね。

 

吉岡:アメリカの裁判を見ていると、弁護側と検察側が陪審員にプレゼンテーションして、説得力がある方が勝ちなんて。それって正義じゃないじゃん。何が真実か追求してるんじゃないじゃん。

日本も裁判員になるってなるとき、冤罪の温床になるんじゃないか、と僕も危惧した記憶があるんです。

 

桑田:裁判官ってほんとうに大変な職業だと思います。

裁判官も人を裁く仕事なので、精神的なプレッシャーは相当なのではないか。

どうやってそれに耐えているのかな、と、私は、ずっと考えて来たんですね。

割り切っているんだろうな、と思います。

裁判に出てきた証拠しか見ない。それが免罪符になっている気がするんです。真実を見ているとは限らない。ほんとうは違うかもしれない、でも裁判に出てこない以上、自分たちは知りようがない。

あえて、自分たちは何の問題もない、と、一線を引いちゃっている。

それで自分の心を守っているのではないか、と僕は想像するわけです。

自分の心を守るうえでは、それが精神的にはそれがいいと思うんです。

ですが、他方、社会正義ということを考えると、かなり由々しき問題だと思うんです。

真実は、最初からわからない、と諦めているところがあるように思うんです。

裁判官が自分で捜査を指揮して調べるというわけにはいきませんが、検察が出してきた証拠を慮る、というか、これがすべてなのかな、とか、そして、評価するということが、本当は必要だと思うんです。

出てきたもの(証拠)が、出てくる前の状況から疑うということです。

そうしたところを、ひとつひとつやっていかないと、本当のところはわからないだろうなと思います。

検察は、持っている証拠を全部出さなくていいことになっています。自分たちに有利な証拠だけを出していいということになっています。

弁護人はひとりとかふたり。

片や、検察は何十人で束になって、証拠を探して・・・・

圧倒的な力の差。権力の差がある。

出て来たものを公平に見ます、とはならない。

だからこそ「推定無罪」とかウェイトをかけることになっているんだけれど、法の実務では無視されている。出て来たものを見りゃいいんでしょ、有罪に見えるからハイ有罪、って流れ作業的になっちゃっている。

それを食い止めていかなくちゃいけないんじゃないかな、と思っています。

 

吉岡:来月には判決が出るということですよね。表が出るか、裏が出るか。必ずしも、桑田さんが望まない結論が出るかもしれない。

そうしたらどうしますか?

 

桑田:上級審で戦います。

私が知っている真実が裁判で明らかになるべきだと思っているので、できるところまで戦いたいなと思います。

 

吉岡:一審で無罪判決が出たとしましょう。検察はどうすると思いますか?

 

桑田:確実に控訴すると思います。

 

吉岡:三月に一段落はするけど、終わらない。

 

桑田:先ほどの藤井市長の話もあるし。

日本は、独特の制度を持っていて、検察官が上訴できる。

 

吉岡:一審で無罪だと高裁は行かないというのが他国のルールだそうですね。

 

桑田:被告に二重のリスクを与えることになる、と言われていますね。
無罪と言われたのにまた。一般には良いことと言われていませんが、そういう日本の制度だから。


吉岡:いったん確定したら、いいみたいですけど、確定するまでは、まだまだたいへんですね。

 

桑田:まだまだ時間がかかります。

控訴になるとすると、今年の秋とか、冬とかになるでしょうし。

そこから考えると、あと2、3年かかるでしょうね。

 

吉岡:地裁差し戻しとかだと……

 

桑田:もっとかかりますね

 

吉岡:一日も早く決着してほしいですね。僕も一回傍聴して、あのグダグダ感を見てしまったから、そういう意味では、中立ではない。

桑田さんに肩入れしている。ニュースの番組で、こういうのはいいのかわからないけど、無罪判決が出るようお祈りしております。

ほかにこれも訴えたいということありますか。


桑田:充分たくさん話させていただきました。

 

吉岡:ソサエティ・サイエンス・ジャーナルでは、僕に興味があるというのもあって、冤罪を取り上げています。

袴田事件とか取り上げています。再審がとおったというだけで始まってはいない。

たびたび飯塚事件も取り上げています。同じ証拠状況で、無罪になっているのに、飯塚事件は、被告の方は絞首刑になっている。

今週、福岡高裁で、再審請求が棄却されました。特別抗告で最高裁でということになるんでしょうけど。

冤罪というのは、予期してなくて、いきなり「おまえ犯人だろ」と言われちゃうわけです。そういうのがない社会になってほしい、というのもあって。

さすがに、被告の方に出ていただいてというのは今回初めてです。

悪いことをした方は有罪になって当然ですが、そうでない方は無罪で、問われることがないのが社会正義だと思います。

この事件も追って行きますし、世の中の冤罪事件も追いかけていきたいです。

この番組もみなさんから追いかけていただきたいな、と思います。

(おわり)

 

第1回はこちら

 第2回はこちら

 第3回はこちら

 動画でご覧になる場合はこちらから


ソサエティサイエンスジャーナル第548回 ゲスト出演