ページTOPへ
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

国循サザン事件―0.1%の真実―

国循官製談合事件の容疑者として起訴された桑田成規さんを支援します

国循官製談合事件第20回公判傍聴録その2

国循サザン事件-0.1%の真実-無罪を訴える桑田成規さんを支援する会Nです。

2017年2月1日13時10分〜16時00分、大阪地方裁判所第603号法廷にて、国循官製談合事件(「国循サザン事件」)の第20回公判が行われました。

この傍聴録は、逮捕起訴された桑田さんを支援する会として動いているNが、第20回公判の様子や感想を傍聴した本人としてアップしています。

※第11回より更新が滞っており、ご迷惑をおかけいたしております。今回より順次遡りましてアップしてまいりますので、今しばらくお待ちください。

Twitterではなるべくリアルタイムに投稿しております

国循官製談合事件の冤罪被害者を支援する会 (@southerncase) | Twitter

第20回公判の様子

  • 裁判官 西野吾一裁判長他2人
  • 桑田さんの弁護士 2人
  • 高橋さんの弁護士 2人
  • 検察官 3人
  • 報道関係 2人
  • 傍聴者 約20人

弁護側証人尋問始まる

2017年1月7日の第19回公判より、弁護側証人尋問が始まっております。

前回(第19回公判)の弁護側証人は、大阪大学医学部附属病院医療情報部教授の松村泰志先生(医師)が証言してくださいました

今回(第20回公判)の証人はお二人で、一人目が京都大学医学部附属病院医療情報企画部の黒田知宏教授、お二人目が国立循環器病研究センター臨床研究推進センター長の山本晴子先生(医師)が出廷してくださいました。

ここでは、20回公判傍聴録その2として、山本晴子先生のご証言について書きたいと思います。

山本先生は国立循環器病研究センター臨床研究推進センター長を務められているほか、国循初の女性執行役員として理事長特任補佐としてもご活躍中です。

これまで、国循からの証人はみな検察側証人として出廷されていましたが、今回、山本先生は弁護側証人として立ってくださいます。この行動が、どれだけ心強いことかは、以下を読んでいただければおわかりいただけると思います。

2011年当時の国循の電子カルテ導入に向けた準備状況

桑田さんの主任弁護人である高見弁護士から、国循が2012年1月の電子カルテ導入に向けて動いていた、2011年当時のことについて質問されました。

(高見弁護士)
桑田さんが国循に着任した2011年9月当時、周辺病院での電子カルテの導入はどのような状況だったでしょうか

(山本証人)
阪大病院をはじめ、大阪市立大学附属病院、市立豊中病院なども導入済みでした

(高見弁護士)
2011年9月当時、桑田さんが国循に着任した当時の、国循の電子カルテ導入に向けた状況はどうでしたでしょうか?

(山本先生)
思わしくありませんでした。その1年前に、医療情報学の専門家という方が国循にこられ準備を始めておられましたが、なかなか方向性が定まりませんでした。

山本先生によると、国循が2012年1月から電子カルテをスタートさせることは決定事項でした。しかし、国循内での準備は一向に進まなかったそうです。

(山本先生)
今まで紙と電話で動いてた指示やカルテの記入を全て電子化するのは非
常に難しい。一方で、NECのシステムを導入するということは決まっていたのですが、NECのパッケージと、皆がやっている運用とがあわないことがあります。

あわないときはシステムをカスタマイズするか、運用を変えるかという選択になります。いろいろな部署からの意見をきいて整理して、どこを変えるかを決めないといけません。

紙を残すのかどうかなど、各部署との調整、NECとの交渉、など膨大な量の作業があります。

(高見弁護士)
部署ごとに使っているソフトが違うのですか?

(山本先生)
国循は集中治療室がたくさんあります。SCU、CCU、ICUなど、それぞれに入っているシステムはNECではありません。それらをどうやってNECと連携するか。それぞれの所で、ばらばらなものを使ってましたから、各部署とのネゴシエーションNECとの調整など、膨大な作業と調整が必要でした。医者側は、当然いままでしていたことをできるようにしてほしいわけです。

(高見弁護士)
もし電子カルテの導入が遅れたらどうするという話はありましたか?

(山本先生)
医師は電子カルテはなくてもよいという感じもありましたが、国循側は予算の関係で決まった期間にやらなくてはいけませんでした。

桑田さんが国循で果たした役割

(高見弁護士)
2011年9月に桑田さんが国循に着任したのは、何のためだったのでしょうか?

(山本先生)
電子カルテ導入のためです。

(高見弁護士)
桑田さんが着任した当時、山本先生の印象はどうでしたか?

(山本先生)
よく来たな、というのが正直な印象です。着任されてからは、昼となく夜となく本当によく働かれましたので、体を壊すのが心配でした。2012年1月に予定どおり電子カルテが入った時には「入っちゃったなぁ」と(2012年1月の導入は不可能ではないかと言われていたから)。

(高見弁護士)
桑田さんはどうして導入できたと思われますか?

(山本先生)
ひたすら働かれました。また、さまざまな作業をうまく切り分けておられたと思います。まずは根幹となる部分を導入し、積み残しはおいおい作業して導入する。2012年1月以降も、電子カルテのために動いておられました。導入までも大変でしたが、導入後も色々と問題は起こるので、引き続き院内でワーキンググループを作って作業されていました。

(高見弁護士)
桑田さんがいなければどうなっていたでしょう?

(山本先生)
無理だったと思います。 

(高見弁護士)
2011年の10月頃には電子カルテ導入の目処が立って作業は落ち着いていたいたと証言した方*1もいらっしゃいましたが、その頃はどうでしたか?

(山本先生)
ありえないと思います。作業は山のようにありましたし、10月〜12月は寝る暇もないほど働かれていました。

弁護人は、ただ単に、2012年1月の電子カルテ導入前後の時点で桑田さんがとても大変であった、とか、有能であったということを主張したいのではないことは明らかです。というのも、本事件はNCVCネットの入札を問題にしており、基本的に電子カルテの導入とは無関係であるからです。

一方、検察は、2012年3月に実施されたNCVCネット運用保守の入札(入札①)において「桑田さんが責任者であった」かのような印象づけを行うため、これまでの国循職員の証人ら(西田浩二調達企画専門職、中島正人契約係長、原口亮IT戦略室長、山口照太情報管理室長、いずれも当時の役職)から、桑田さんがこの入札に主体的に関与したかのような証言を引き出していました。高見弁護士の尋問の趣旨は、事実はこれに反するということを示すためと思われます。山本先生の証言から、桑田さんは電子カルテの導入のために国循に来たのであって、当時はその作業に忙殺されておりNCVCネットに関わっていた暇などなかったことがうかがえます。

桑田さんがNCVCネットに本格的に関与するようになったのは、入札①が終わった2012年4月からです(「医療情報部と情報統括部」の項で詳述)。それから桑田さんはNCVCネットの”改革”に取り組み、国循に大きな足跡を残すことになります。

電子カルテの導入では、紙カルテをそのままPDFにして置き換えるという方法を取ることもある中で、桑田さんはデータの研究利用を目指した電子カルテ導入を行い「ありがたいものだった」と、山本証人はおっしゃいました。

また、電子カルテに保管されている患者情報の研究利用の観点から、データを取り扱う際の利便性と秘匿性(セキュリティ)両立は難しかったところを、桑田さんはネットワークを4階層に分け、そこに仮想化システム(4階層ネットワークシステム)を導入して可能にしました。

通常、電子カルテ用のコンピュータでは、患者データを守るため、ネットもメールもできない、それが普通でした。ネットやメールを使うための端末とは物理的に端末が分けられているものです。しかし、それは安全ではあっても原始的なやり方で、電子カルテのデータを研究に利用することはできません。桑田さんは、4階層仮想化システムを利用することで、電子カルテデータを、セキュリティを保ったまま臨床研究に使えるような道を作り、臨床研究のデータを置く安全なスペースを作りました。

この4階層ネットワークシステムは、厚労省独立行政法人評価委員会でも高い評価を受けたのです。

f:id:southerncase:20170213041359j:plain

医療情報部と情報統括部

当時、国循では、電子カルテ(病院業務のためのシステム)は「医療情報部」、NCVCネット(インターネットや電子メールが使えるシステム)は「情報管理室」が担当していました。 この事件で問題となっている入札(入札①)はNCVCネットの運用保守に関するものです。桑田さんは2011年9月に「電子カルテ導入のために」医療情報部長として国循に着任しました。その後、2012年4月(入札①終了後)情報管理室は情報統括部の配下に位置付けられ、その時点で桑田さんが情報統括部長となりました。つまり入札①では桑田さんはNCVCネットの責任者ではありませんでした。しかし検察は、当時のNCVCネットの責任者であった山口照太情報管理室長から「医療情報部も情報統括部も2011年9月に出来ていた」「私は実質的に桑田部長の部下でした」と、当時も桑田さんが実質的な責任者であったかのような証言を引き出していました。

今回、山本先生は、2012年4月に国循の病院部長会議で配布された資料を見ながら、「情報統括部は2012年4月に新設され、同時に桑田さんが部長に着任した」「医療情報部はそれより前に出来ていた」「医療情報部と情報統括部の組織は同時にできたのではない」ということを証言されました。

スポットファイアーの導入

スポットファイアーとは、データから表やグラフを作る(可視化する)ソフトで、製薬会社や行政機関など、大量データを使って分析するような組織で導入されているようです。

現在、国循でもスポットファイアーを使用していますが、これは桑田さんが手がけて実現したものです。

本事件の関係でいえば、3つめの入札で桑田さんが仕様書案にスポットファイアーに関する項目を追加しました。検察は、これがダンテックを有利にするために追加した項目であると主張しています。

山本先生は

事業費が取れた初年度に大型のお金が入ってきて、これでインフラ整備をしようと思いました。スポットファイアーがよさそうだということで、これは導入したいと桑田先生に申し上げました。

スポットファイアーはサーバに入れないといけない大規模なシステムであったので、桑田先生に入れて欲しいとお願いしたのです。

桑田先生と中身を一緒にみて、これであればいろんなところで使えるということになりました。

その後、臨床研究のデータマネジメントの部署でこのソフトを使い、学会で発表もしました。

と証言され、学会で発表した際のプログラムが示されました。スポットファイアーは現在でもライセンスの更新をしながら使用しているとのことでした。

このように、当時国循で必要とされ、実際に現在も使われているソフトウェアを運用・保守することは至極当然のことと思われます。「ダンテックを有利にするため」という検察の主張は完全に崩れたのではないでしょうか。

桑田さんの国循での実績と印象

桑田さんが着任して改善されたITインフラは、

  • 電子カルテが導入された
  • 4階層ネットワークシステムが整備された
  • それまでは部署で勝手にサーバを立てないといけなかったのが、中央管理してもらえるようになったので、安全性と利便性が上がった
  • 院内LANに国循全体でつかえるグループウェアが導入され、今でも使われている
  • それまでは絶対にできなかったが、院外から院内にVPNを使ってアクセスできるようになり、効率的に業務ができるようになった

桑田さん着任以前の国循では情報管理室がNCVCネット管理しており、職員全員が利便性を犠牲にしてセキュリティを守っていたそうですが、

桑田さん着任後は、利便性を保ってセキュリティを守るというというポリシーの大きな転換があった

と、山本先生は証言されました。

桑田さんの取り組みにより、病院と研究所での利便性を向上させるとともに、セキュリティを確保した状態での情報共有が可能になったのです。

(高見弁護士)
桑田さんの性格はどのような印象でしたか?

(山本先生)
大変実直でお金に綺麗という印象でした。

(高見弁護士)
収賄の可能性についてどのように思われましたか?

(山本先生)
もともとないと思っていました。

(高見弁護士)
桑田さんのことで、何か印象に残るエピソードがあればお聞かせください。

(山本先生)
国循では電子カルテの端末の必要数が足りませんでした。研究費から拠出したりしていましたが、桑田さんは個人の興味の範囲で要求することは一切なく、必要なものしか要求しない。他の部署を悪く言うつもりはありませんが、少しでも多くの研究費を取ろうと考える先生もおられるのです。桑田さんはいつも「それが国循のためになるならやりましょう」という姿勢でした。 

(高見弁護士)
国循の強制捜査があったことで、迷惑を被ったと考えている人はいますか?

(山本先生)
私の周りにはそのように思う人はいないと思います。

国循のため、組織のことを思ってしたこと

最後に高見弁護士から

なぜ証人になろうと思われたのですか?

と質問がありました。

山本先生は

このようなことで起訴されるのは個人として非常に不当なことだと思い、桑田さんのためになるのならと思いました。

桑田さんが国循でした仕事は、ミニマム(最小限)のことをやろうとしたのではなく、できることをマキシマム(最大限)にやろうとしたものです。

常に一つ一つがミニマムではなく、5年後、10年後の国循を見据えてマキシマムにできることに注力されました。

組織のことを思ってしたことが、その結果がこれ(逮捕・起訴)ならば浮かばれません。

国循には病院と研究所と事務部門があります。職員には役職とは別に属性があります。属性とは、医療職は医療者、研究職は研究者として仕事をするということです。つまり、事務方が知っている規程や手続きを医療者や研究者が知っているとは限らないのです。

桑田さんは、博士号を持っておられる研究者です。医療者や研究者が役職に就いているときは、彼らの知らないことを補佐してやるのが事務方の役目、と国循内部では切り分けが行われているのです。

これまでの松村教授、黒田教授と同じく、桑田さんの国循における努力と功績がねじ曲げられ、本来事務方が問われるべき責任を追求されてしまっていることに対し、力強く異議を唱えられました。

 

今回で桑田さんの弁護側証人の証言は終了し、次回は高橋さんの弁護側証人が証言台に立たれます。

そして、第22回となる2月28日からは、いよいよ桑田さんへの主尋問が始まります。

昨年4月に第1回の公判が始まって10ヶ月が過ぎ、桑田さんが逮捕されてから2年以上が経ちました。そして、これからもしばらく裁判は続きます。

不当な逮捕・起訴、長きに渡る取り調べと裁判。

これからの山場を乗り切り、冤罪を晴らすためには、証言台に立ってくださった方々同様、一人でも多くの支援者の力が必要です。

 

桑田さんを支援する会では、桑田さんの冤罪をはらすべく動いています。

公判を傍聴するたびに、0.1%を証明する真実が見えてきます。

ぜひご一緒に、その真実を確かめてください。

支援する会へのお問合せはこちらから受け付けております。

お問合せフォーム

 

なお、次回期日は2017年2月13日(月)13時30分〜 大阪地裁603号法廷にて行われます。

ぜひ、真実をご自身の目で確かめにいらしてください。

 

桑田さんご自身が書いておられるブログはこちら

sc.shig.org

 

*1:国循の元情報管理室長山口照太氏