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国循サザン事件―0.1%の真実―

国循官製談合事件の容疑者として起訴された桑田成規さんを支援します

動画配信【国循官製談合事件の解説】桑田さん解説その19

国循サザン事件-0.1%の真実-無罪を訴える桑田成規さんを支援する会です。

これまでこちらのブログで公判の傍聴録や、桑田さんご自身の解説などを公開してまいりましたが、2018年3月に予定されております判決まで、動画配信も併せて行うことにいたしました。

支援する会からご質問をさせていただき、桑田さんご自身に経緯や解説、桑田さんのみが知る真実などを語っていただきます。

今回桑田さんが逮捕・起訴されることになった事件について、みなさまにも「真実はどこにあるのか」を考えていただき、引き続きご支援をお願いできればと思います。

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国循官製談合事件(国循サザン事件)解説その19


国循官製談合事件(国循サザン事件)解説その19

以下に記事全文を掲載いたします

赤川》公判の中で何度もあったんですけど、記憶喚起でメールが出てくるとか、色々資料が出てくるとかとていう感じだったんですけれども、このことについては何かありますか?

桑田》そうですね、実際この事件が起こったのはかなり前のことなので、細かなことを覚えてるかというと、なかなかそれは覚えていないことが多いんですね。それでそういった記憶喚起のための書類なりメールなりがあれば、それを手がかりにして、あの時はこうだったなということを思い出せる。そういう意味で、そういう記憶喚起のための書類は、非常に重要だと思うんですね。

今回、論告で検察は、私の供述が、ある部分は非常に詳しく、別の部分はあいまいというのは不自然だ、不合理だ、だから私が嘘をついているのだということを多々主張してるわけなんです。しかし、それはそもそも当たり前の話だと私は思っています。

そもそも日常生活の中で、業務でやっていたとしても、全てのことを覚えているっていうのはまずないと思うんです、よっぽど記憶に残るようなイベントがないかぎり。そういう状況の中で、メールなどでわかる部分と、まったく何もなにもなくてわからない部分というのが出てくる。当然、まだらになるんですね。

今回のケースでいうと、やはりメールとか、自分の作った資料がパソコンに残っていて、作成日時なんかがわかればですね、これはあの時作ったものだというのがわかる。それで色々記憶をつなぎ合わせていくことができる部分、かたやできない部分があるんですね。そういうところで、当然、記憶に濃淡が出てくるのは当たり前のことであって、それがまだらになっているからおかしいという主張をすること自体、それはそちらの方がおかしいんじゃないかというふうに私は言いたかったのです。

赤川》最終の意見陳述の中で桑田さんが、検事たちが真実に向き合おうとしないことに非常に驚いたというようなことを言われたんですけれども、そのことについてお聞かせください。

桑田》元々検察官というのは、有罪の立証に必要な証拠だけを裁判に出していいということが認められているんです。つまり、全部の証拠を出してこなくていいんです。そうすると、事実認定において判断の材料となるものが非常に偏っているんです。そのなかで有罪無罪を決めるということになると、当然有罪が出やすいですね。

だから、本来は、有罪の立証に必要な証拠と、立証に必要でなくても無罪を示しうる証拠も出していくべきだと思うんです。それをすべて見た上で裁判官に判断してもらうというのが、本来の話であって、科学的な事実の決め方のうえではそれが絶対に必要だと思うんですね。

ところが現状はそういう制度になっていないし、検察官自身も、実際にこれは私が担当の検事から言われた言葉なんですけども、有罪に見えるものがあればそれは有罪にすると。つまり、その時点でビデオカメラが回っているわけでもなければ、誰も客観的に見ている第三者がいないということになれば、誰にもわかりようがないんだから、わかっている事実で判断するしかない。それが有罪を示すものであれば、当然それは有罪にするということだったんですね。

それは非常に違和感がある言葉でした。つまりそもそも有罪にみえる――これを「有罪方向」という言い方をしますが――、有罪方向の証拠だけを見て集めるようなことをしている人たちが、無罪方向の証拠をきちんと評価するかというと、そうではない、そういうことをそもそもしないということを言ってるのに等しいんだと思うんですね。有罪に見えるものがあればもうそれは有罪。いくら無罪に見えるものがあったとしてもそれはカウントしないということになりますので、そこを考え方として改めていただきたいと思うんですね。本当の事実を確定させるには、有罪方向、無罪方向、両方必要であるというようなところがきちんとわかってほしかったということです。

実はこの公判の担当検事は、捜査の主任検事であった、同一人物だったんですけれども、意見陳述の最後で、私がその方に対してのメッセージということで、なぜ彼らが捜査をしても真実にたどり着けなかったのかということを考えてみてほしいとを言ったんです。私は、彼らが全ての証拠を把握していなかったと思うんですね。公判で証人の方々に対して、弁護側の尋問の際にはかなり詳しい書類などを示したんですね。それは本当に膨大な電子データの中から見つけてきたもので、おそらく検察側は捜査段階で全てそれを知っていたかというと、そうではなかったというふうに思えるんですね。だからおそらく驚いたと思います、まさかあの証人にこんな書証が残っていたのかとか、こんなメールをしていたのかということが、いくつか出てきたかと思うんですね。

もし彼らがそれを捜査段階で知っていれば、おそらく事件の見方っていうのは変わってきたんではないかな、とすら思えるんものなんですね。ではなぜ彼らがそれができなかったのかというところを問題にしたいと。

つまり、今回の事件は、私がターゲットであって、贈収賄の事件として仕立てたかった。そうするためには、やはり私という人物が必要であって、私を中心に事件を組み立ててたんですね。そうするといろいろな証拠を見るときに、どうしても私の関係のものだけを見ていたのだと思うんです、メールにしても書類にしてもですね。そうすると私に繋がっている部分のメールはきちんと見るけども、関係者の国循の職員の方々、事務の方々とか、前任者の方とかのメールとうのは、それほどきちんと見ていないのです。私との繋がりでは見ますけど、単体としてその方が一体どういう仕事を過去にされてたとかいうのはおそらく評価してなかったんではないかなと。

そこに先入観があったと思うんですね。だから彼らがそういった先入観を捨てて、本当に有罪に見えるものも無罪に見えるものも、きちんと評価しようという立場にたったならば、おそらく弁護側が気づいたであろう、その証人の方々の過去の色々やっていたこと、そういったものも当然に気づいたはずです。それができなかったということですね。だからそういう証拠の扱い方というか、事実の認定の仕方というか、そういったところでやはり誤りがあってそれが、冤罪を生んでいる、生みうるということです。やはりそれをきっちりと認識してほしいと。

だからあえて意見陳述の場で、その公判担当の検事に、なぜ真実にたどり着けなかったのかよく考えてみてほしいと、そしてそれを次の事件とか捜査に、私以外のところでも活かしてほしいというふうにメッセージとして伝えました。

動画配信の公開を繰上げ、2018年1月21日(日)にその20までの公開予定です。

動画は以下の再生リストで最初からご覧いただくことも可能です。

www.youtube.com

※判決は2018年3月16日(金)9時45分〜大阪地裁の予定です。

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桑田さんを支援する会では、桑田さんの冤罪をはらすべく動いています。

公判を傍聴するたびに、0.1%を証明する真実が見えてきます。

ぜひご一緒に、その真実を確かめてください。

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