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国循サザン事件―0.1%の真実―

国循官製談合事件の容疑者として起訴された桑田成規さんを支援します

【告知(再掲)】国循サザン事件控訴審第2回公判

【告知(再掲)】国循サザン事件控訴審第2回公判
4月16日(火)10時30分-12時 大阪高裁 10階1001号法廷

 

控訴審では,公共調達法制の専門家である上智大学楠茂樹教授に意見書を書いていただき,公共調達関連法規の解釈を整理したうえで,改めて今回の事件にはどのように法律が適用されるべきか,そして,それに則れば私の事件がいかに異常であるかを当方は主張している。

検察官としては,数々の手続き不備を犯した国循の事務方を味方につけている手前,法規解釈の詳細に立ち入られたくないという気持ちになることはわかるが,検察自らの主張と異なる弁護側意見書について,どの部分がどのように違うのか,彼らたちの解釈の正当性を堂々と述べていただきたい,そのように私は思っていた。そうすれば,当方も的確に根拠をもってその反論ができるからである。

しかし,残念ながら検察は一切答えず。それでもって,裁判所も釈明権を行使しないとなると,当方はどのように反論すればいいのか。裁判所には,当方に反論を尽くさせてほしい,とただ願うだけであった。

この閉塞状況を打破すべく,当方は,楠教授に再度お願いして補充意見書を書いていただいた。目的は,検察の主張する意見と楠意見書の違いを明確にするため。それを本日裁判所に提出,証拠取り調べ請求をした。

ところが,それに対する検察の意見は「証拠には同意するが,信用性を争う」という。理由は,楠意見書は独自の見解にすぎず,従前の判例に乖離するものであると。

しかし,今の日本において,楠教授ほど公共調達の実務と法令に精通した専門家はいない。公的機関の調達委員を歴任し,数々の著書を持つ楠教授に向かって「独自の見解にすぎない」とはどの口がいうのか。それはまともに反論してからいうべきではないのか。総論において「原審の解釈のとおり」というだけで,各論ではまったく有効な反論ができない検察官が,その道の専門家に対して,「独自の解釈にすぎない」とは,けんかで「バーカバーカ」と言い捨てて去って行く子どもと同じレベルではないか。

また,「従前の判例実務と乖離する」との言い分にも,開いた口が塞がらない。検察官が例示した判決は,いわゆる「お付き合い入札」についての有罪判決例であるが,問題となった国循事件とは前提が大きく異なる。

これらの判例は,いずれも,事前に参加者が決められている「指名競争入札」である。「指名競争入札」では,全参加者と「握る(=示し合わす)」ことができれば,「お付き合い」により「競争を偽装する」という不正は成り立つ。競争が存在するという前提で指名業者が決まっているからである。指名業者間で談合してしまえば,その前提を崩すことになるから,公正な競争は阻害される。

しかし,問題となった国循の事件は,指名競争入札ではない。いくら特定の業者と「握って」お付き合い入札を偽装したとしても,他の業者の自由意志による参入を阻むことはできない。そのような状況で,1社を除いて「お付き合い(=落札意思がない)」で参加しているだけなら,そもそも競争が存在しないことと等価である。

私には「形式的に競争を装う」理由が全くないことはすでに何度も述べているところであるが,もしそうしたからといって,そもそも「競争が存在しない」のであるから,公正を害することもできない。

だから,検察官がいくら「指名競争入札」の判例を掲げて「ほら,ここでは被告人と同じことをした人が有罪になっているよ」と言ったところで,犯罪の構成要件たる「公正を害する」程度が違いすぎるので,比較の意味がないのである。

検察官がこんな稚拙な主張をするのは,根本的に入札制度の実務を理解していないか,他に反論する根拠がまったく見つからなかったからであろう。そしてそこに深入りしたくない裁判所という存在。鬼に金棒ではないか。

きちんと法によって裁いてくれ。説得力のある判決を書いてくれ。もうそれしか思わない。そんなことすら保証されないのが,今の刑事司法である。